鍛冶職人 干場健太朗さん。
彼は、能登町で今年創業114年目を迎えた「ふくべ鍛冶」の4代目です。「ふくべ鍛冶」は、石川県鳳珠郡能登町に拠点を構える鍛冶屋さん。古くから、地域の農業・漁業を支えてきました。例えば、漁師の持つ万能包丁「マキリ」をはじめとする海の道具、農作業では必須ともいえるクワやナタなどの道具を手掛けています。製造から修理を行う鍛冶屋さんは、時流のためか、全国でも希少なものとなってしまいました。
大学を卒業後、能登町役場に就職し、まちづくりに打ち込みました。2014年春、3代目である父 勝治さんを支えていた母 絹子さんが病気で他界したことをきっかけに、町職員とは、別の形で地域を盛り上げることを決め、家業を継ぐことを決めたそうです。
継ぐことを決めてからというもの、町職員という仕事の傍ら、早朝・深夜に修行を始め、同僚や近所の方々に、膨大な数の包丁を借りては研ぐ練習を行っていたそうです。父 勝治さんは、昔ながらの職人気質であるそうで、どんな作業も手取り足取り教えるわけではなく、「見とけよ」と一言だけだったそうです。「見て盗む」ということですね。それがなかなか難しく、動画を撮り、深夜まで何度も繰り返し見て、修行に励んだそうです。今でこそ、動画を撮って、何度も見ることはできますが、動画という概念がなかった昔の人たちは、どのようにして技術を伝承していっていたのか気になりますね。ただ一つ言えるのは、どの時代でも、並々ならぬ努力のたまものということです。
翌春に町職員を退職し、職人の道へと歩みだしました。「鍛冶」は、鍛造・溶接・研磨などさまざまな技術が必要であり、勝治さんによると、「一人前になるには、15年はかかる」との事です。15年というと、人間が生まれてから義務教育を終えるほどなので、とてつもなく長い年月が必要です。そこで、懸命に腕を磨くいっぽうで、作業ごとに専門の従業員を雇い、勝治さんの技を手分けして継承することにしたそうです。
町職員時代の経験も活かし営業にも精を出しています。あるときは、石川県のカキ業者の協力を得て、カキ漁関連の道具を研究・開発を行い新製品:『カキ開け』が完成したといいます。また、鮮魚店と共に、共同開発した『サザエ開け』もあります。地域の方々を支える一方、ふくべ鍛冶も地域の方々に支えられています。
さらに、新しく、「移動鍛冶」を始めました。高齢化が進んでいる昨今、お店が遠く直接来られない主にお年寄りの方のためのサービスです。能登町内を週二回、輪島市内を月に一回、道具を積んで、赤いワゴン車でまわります。
「鉄は手をかければかけるほど応えてくれる」移動鍛冶の訪問先の納屋で、初代や二代目の作った農具をみせてもらうことも増えたそうです。丁寧に作られたものは、使う人に何十年も寄り添うことを実感したそうです。
健太朗さんには今、夢が二つあるそうです。一つは、全国各地の伝統産業で使われている特殊な道具の製造・修理を担い、地域を支える一助になること。もう一つは、先人の知恵が凝縮された鍛冶製品の良さを次世代につなげること。
家業を継いで、改めて様々な可能性に気付いたという健太朗さん。今後、「ふくべ鍛冶」がどのように進化していくのか楽しみです。